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受験生の1ヶ月というのは、言うまでもなく貴重な時間である。
しかも期末テストがその間に実施されていたというのだから致命傷だ。 彼は志望校の変更を余儀なくされ、またも絶望の淵に立たされる。 だが、彼は挫けなかった。 前向きに考えたというよりは、妥協する形になったが致し方ない。 志望校を1ランク↓の偏差値60程のB高専へ変更したのである。 1ヶ月の遅れを取り戻すべく彼は再び受験勉強に勤しむ。 そして中学3年生、最後の学期が訪れる。 彼の生活はというと、 学校から家に帰ってくると受験勉強開始。 疲れたら休憩がてらゲームで遊ぶ。 そして完全に疲れ切ったら寝る。 そんな毎日。 友達とは学校だけでしか話さなかったし、遊ばなかった。 誘われても行かなかったので、おそらく付き合いの悪い奴だと思われていただろう。 話は変わるが、彼には学校で同じ班だったりで良く話す女友達(以下Sさん)がいた。 これまた例によって女の子にしてはゲームに関して興味があって話が合う。 さらに、口下手な筈の彼がゲーム以外の話も普通に出来るのだ。 こういうのをウマが合うというのだろうか、そういう意味では理想の人だったかもしれない。 いつのまにやら彼にとってSさんは大きな存在になっていた。 やがてそれは日を重ねるごとにSさんへの好意へと変わっていく。 彼はBさんを好きになったので、完全にAさんの事を諦めた。 彼にとってこの頃は学校が凄く楽しかった。 勉強も順調だったし、何しろ、好きな人と会えるのだから。話せるのだから。 ある日、彼はいつもの様にSさんと会話していた。 会話の流れで、彼はSさんからゲームを借りる事になった。 借りるだけでは悪いと思ったので、何か貸すよと言った時、 「じゃあ、放課後家まで借りに行くよ」 とSさんの返答。彼は唖然とした。驚愕した。 好きな人と親しくなる事がこんなにも幸せな事だとは思わなかった。 一緒に自身の家まで歩くだけなのに心臓バクバク、汗ダラダラ。 貸すだけなので家の前で待ってもらい、彼はゲームソフトを渡した。 他愛ない会話の後、「また明日ね」と別れの挨拶。 彼はこんな幸せな時間が続くといいな、と思った。 そして気付く 「志望校違うじゃん・・・・」
彼は死ぬ事を諦め、目的もなく付近をふらふらしていた。
そして運の悪い事に、心配して探していたであろう彼の担任の先生に見つかった。 必死で逃げようとしたが、先生が必死にしがみ付いて来る。 先生は女だったので、振り切ろうと思えば出来たかもしれないが、 どうでも良くなったので諦めて帰路につくことにした。 先生が泣いていた。 教え子が自殺するかもしれなかったのだ、無理もないだろう。 母親が泣いていた。 実の息子が自殺するかもしれなかったのだ、泣かない親がいるだろうか。 だが、少しも彼は迷惑をかけた事に反省していなかった。 彼の心は完全に閉じてしまっていたのだ。 何に関しても「どうでもいい」としか思えなくなっていた。 そして次の日から、彼は学校に行く事をやめた。 ぼーっと壁を眺めたり、一日中睡眠したりの毎日だった。 何故かあんなに大好きだったゲームすら、する気になれなかった。 さらに食事もまともに摂ってなかった。 それほど彼の心は病んでいたのである。 たかが課題1つを出し忘れただけで。 そんな生活が1ヶ月くらい続いただろうか。 彼はやっと気付く、自分が何故死ねなかったのかを。 それは 死ぬ覚悟も、 勇気も、 理由さえも 持ち合わせていなかったからだ。 死にたいだなんて、心に嘘をついていただけだった。 ただ、逃げたいだけだったんだ。 受験勉強から。 親の期待から。 現実から。 そして、夢から。 そう思うと彼は自分自身がバカバカしくなった。 この1ヶ月が無駄に思えた。 そしてこの先から続くはずだった毎日さえも。 そして再び彼は学校へと行きはじめた。
彼の周りが受験勉強に必死になりだした頃、
ようやく彼も人並みの夢を持ち始めていた。 「ロボットを作りたい。」 察しの通り、幼い頃から好んで観ていた○ンダムに影響されて、だ。 多くの人はオタクだのと罵るかもしれないが、 やっと見つけた彼なりの夢だった。 不思議と、夢を持つと「普通の生活」を望もうとは思わなくなるものだ。 志望校は偏差値63ほどの高等専門学校であるA高。 ゲーム漬けになる前ならいざ知らず、 当時は模試ではギリギリ入れる位の学力だった。 だから彼は必死に勉強する必要があったし、実際に勉学に励んでいた。 しかしある日の事、彼は重要な課題を提出するのを忘れてしまったのだ。 「このままでは通信簿の評価が下がるかもしれない・・・」 そう思った彼は、苦悩した。なぜなら、 「3年生の通信簿の出来によって、受験に成功するかどうかが左右される」 と思い込んでいたからだ。 それに「高校受験でコケたら一生ダメ」なんて考えを持っていた。 なぜなら、彼の姉は公立の志望校に落ち、行きたくもない私立に行き、 そこで自分に合わないと思って退学したという出来事があったからである。 だから、学力ギリギリの志望校に受かるには、通信簿の評価の低下は 彼にとって絶大な恐怖だったのだ。 彼は家から全力で走り、息切れを起こしつつ学校にたどり着いた・・・ すでに日は沈みかかっていて、西の空は綺麗な夕焼けだった。 だがその頃には先生が帰っていて、確実に期限を逃した事を悟り、 そして心身ともに疲弊しきった彼は、正常な判断が出来なくなった。 「その位で通信簿の数値が下がるなんてありえない。」 「その位の遅れなら、期末テストで盛り返してみせる。」 彼の心にはこんな前向きな考えは一つも浮かばず、 ただただ絶望の淵で苦しんでいた。 そして、気付けば家に「もう疲れた」なんて置き書きをして、 死に場所を探していた。 簡単に出来る死にかたなんて、飛び降り自殺くらいしか思いつかなかったので、 近くのマンションの10階から飛び降りようとした。 ・・・ ・・・・ ・・・・・ 飛べない。 足を踏み出せば何も考えずに済む筈なのに。 辛い受験勉強なんか終わりなのに。
やがて、月日とともに彼の心も次第に環境に適応し始める。
例え認めたくない事実があったとしても、 変えられない、過去へは戻れないのだと理解する事が出来た。 ただし理解できたとはいっても、許容する事は出来ず。 心は、ゆがんだまま。 しかも、彼のゲームへの依存はさらに強まるばかり。 楽しいからやっているというよりも、習慣によるものが大きいのかもしれない。 そんな彼でも学校は居心地が良かった。 誰も彼の胸の事や、両親の事等で蔑んだりしなかったからだろう。 友人に恵まれていたのかもしれない。 生徒会での活動も順調で、学校での悩み事は特に無かった。 ところで、覚えているだろうか?彼にはAさんという想い人が居た事を。 この頃になると、彼女に対する思いが色褪せてしまい、忘れきっていた。 これは委員会の集まりで、放課後まで学習委員の仕事をしていたある日のこと。 教室で一人で後始末をしていた彼の耳に、戸の開く音。 どうやら教室の中に入ってきたようだったが、疲れていた彼は、 特に気にする事も無く仕事をこなしていた。 そして、ふと顔を上げてみると、そこには見慣れた顔が。 一瞬目を疑った。Aさんだった。 「どうしてこんな所に来たのだろう?」とか、 「どうして放課後なのに教室へ?」とか、そんな事を思いつく前に 思考が停止して、顔を下に伏せてぎこちなく作業を続けた。 そして作業も終わり際だったせいか、逃げるように教室を出た。 全力疾走。なんとも滑稽に見えたことだろうか。 ラブレターなんか送るんじゃなかったと後悔した。 その日から1週間後、 委員会は1週間ごとにあるので、彼は決まったように教室で後始末をしていた。 ガラガラガラ、戸の開く音。 「さすがにまたAさんじゃないだろうな、忘れ物を取りに来た誰かだろう」 予想とは裏腹に、現れたのは見覚えのある顔。Aさん。なぜ。 それからは1週間前と同じ。 そして帰路で一人悶々と考えていると、ある一つの仮説が見出せた 「もしかして俺に気があって、何か言いに来たのではムフフフフフ」 彼は少し己惚れていた。期待をした。 それは本人も百も承知だった。 「誰がこんなヤツ好きになるか!」 期待を払拭し、冷静に考えてみる。 なにより、一度思いっきりフラレている。 好かれるなんて万が一にも無い。ありえないのだ。 何か用事があって教室に来てるんだろう、結局はそういう結論で落ち着く。 最初の日より2週間後。 Aさんは今日は来なかった。あまりに彼が露骨な反応をするので、 きっと気まずくなったんだ。きっとそうだ。そうに違いない。 彼は少しだけ後悔していた。 「ラブレターの件についての真偽を聞けばよかった」と。 それで心に少し突っかかっていた想いも綺麗に無くなるのに。 だがなけなしの勇気しか持ち合わせていないので、行動には移せない。 それから数日が過ぎ、少し落ち着いた頃、 彼は生徒会の各委員長だけで使う生徒会室で雑談をしていた。 で、何故か入ってくるAさん。 挙動不審になる一名。 他の人と雑談を始めるAさん。 話を振られる。 ぎこちない返答。 進まない時間。 逃亡。 これ以降、Aさんが彼の前に姿を現すことは殆ど無くなったという。 3度も偶然が起こってしまった。 偶然は怖いな。グウゼンハコワイ。
彼は必死にその事を考えないようにしていた。
脳裏に浮かぶたび、他の事で心を塗り替えていた。 ゲームとかゲームとかゲームとかゲームとかゲームとか・・・ ゲームとかゲームとかゲームとかゲームとかゲームとかゲームとかゲームとかゲームとかゲームとかゲームとかゲームとかゲームとかゲームとかゲームとかゲームとかゲームとかゲームとかゲームとかゲームとかゲームとかゲームとかゲームとかゲームとかゲームとかゲームとかゲームとかゲームとかゲームとかゲームとかゲームとかゲームとかゲームとかゲームとかゲームとかゲームとかゲームとかゲームとかゲームとかゲームとかゲームとかゲームとかゲームとかゲームとかゲームとかゲームとかゲームとかゲームとかゲームとかゲームとかゲームとかゲームとかゲームとかゲームとかゲームとかゲームとかゲームとかゲームとかゲームとかゲームとかゲームとかゲームとかゲームとかゲームとかゲームとか で。 何かに集中していれば、その事以外はなにも考えなくて済む。 彼にとって集中できるものといえば、病的に依存してしまうほどに TVゲームしか無かった。ただ、それだけのこと。 心を許せる友達と談笑している間も、 勉学に励んでいる間も、 睡眠している間でさえ、浮かんでは沈んでいく。 胸の事だけじゃなく、彼を取り巻く全ての環境の事全てが。 彼は嫌いだった、自分自身が。 許せなかった。 「リセットボタン」が、欲しかった。
一時は成長が止まりかけていた用に思えた彼の体だが、
性懲りも無く牛乳を摂り続けたためか、その成長は目まぐるしく、 3年生の身体測定では170cmに達していた。 だがその一方で、ついに彼の肋骨は歪に変形し、 その異形さが見て取れるようになってしまっていた。 重い教科書を詰め込んだ学校のショルダーバッグがいけなかったのか? 異常なまでのカルシウムの過剰摂取がいけなかったのか? 長い間変な姿勢で座っていたからなのか? 先天的な何かなのか? 一種の疾病なのか・・・? 幾ら考えようとも、全てが悪いように思えてくる。 できる事といえば、鏡に映る自分の姿を嘆く事くらい。 彼はもちろん手術する事も考えた。 金はもちろんの事、受験勉強に費やす時間すら大幅に削らなければならない。 そういった理由でまたもや見送る事になる。 そうして、彼にとって学校の水泳の時間が何よりの苦痛となった。 この体が元でイジメに合うんじゃないか、なんて考えると気が気ではなかった。 その心配は杞憂に終わるが、やり場の無い惨めさで彼の心は一杯だった。
そして彼は中学3年生、つまるところ受験生になった。
成績も優秀な方で、それなりに良い学校へ行くつもりだった。 しかし、この歳になっても将来の夢などと言った大層な物は微塵も無かった。 小学校の文集には、将来の夢:サラリーマンと書いていたほどだ。 彼はごく”平凡の生活”が夢だったのかもしれない。 そしてこの時も相違無かった。 人並みに成長して 人並みに勉強して 人並みに恋をして 人並みに働いて 人並みに結婚して 人並みに家庭を築き 人並みに子供を育てあげ 人並みに老いて 天命を全うする 妥協じゃないか、と罵る人もいるかもしれない。 向上心の無い人生など意味が無い、と否定する人も居るかもしれない。 日本という裕福な国に生まれ、衣食住に何不自由することなく 生きていられるだけでも有難い事だ、と説教する人もいるかもしれない。 それでも、彼は「普通の幸せ」を望み、妄信していた。 自らの父親のようには、なりたくなかった・・・・
平穏を取り戻したかのように見えた日々は、すぐに終焉を迎えた。
しかも、最悪の形で。 キッカケは、彼が小遣いを必死に貯めて買ったPS2を、 帰省先である祖父母の家に持っていくと言い出した時であった。 「折角苦労して買ったんだから、もし車で揺られて振動で壊れでもしたらどうするんだ!?」 と、父親が言ったので、彼はこう反論した。 「そのくらいの振動で壊れるわけが無いよ。父さんは心配し過ぎじゃない?」 しかし、父親は元々子供に反論されること事態を認めず、 明らかに父親自身に非がある場合でも断固として認めなかった。 返事が「はい」意外だと、「言い訳するな!」と言われた。 自分の思い通りにならなければ直ぐに暴力で強制してきた。 この時も、そうだった。 しかも今回は特に酷く、散々殴られた後腹に蹴りまで入れられた。吐きそうだった。 そしてついに彼の怒りも頂点に達してしまった。 「こんなどうでもいい事で簡単に暴力を振るうなんて、もうウンザリだ!」 父親の言動に完全に嫌気が差してしまった彼は、一緒に暮らしていくなんて 無理だと判断した。 母親をそそのして別居させるには十分すぎるほどの理由だった。 何しろ、前にも父親に愛想を尽かして出て行ったのだから。 彼は怒り心頭、後先考えず実行してしまう。 別居どころか離婚してしまうことも、 この先ずっと後悔するだろうということも、わからずに。 彼にとって父親のいない生活は至って快適だった。 金銭的に辛く、生活水準が下がったとしても、全てが自分の思うがまま。 「やはり父親は自分の枷でしか無かった。」 ・・・それが間違いである事にすら気づかず、 ただ、ひたすら、自由を謳歌した。
ある晩の事である。彼が通っている塾から帰る途中の事。
彼は様々な事を思い浮かべ、悩みを苛まれながら、自転車のペダルを漕いでいた。 そんな状態だったせいか、右方向から来る車を見落として直進してしまった。 危ないと気付いた時には既に遅く、自転車もろとも十数M程吹っ飛んだあげくに、 転がるようにして地面に接触した。彼の意識は途切れ、気が付いた時には コンクリートの上に仰向けになって倒れていた。 「おい、大丈夫か!?」 彼は見知らぬ中年男の声で、やっと状況を把握した。車に轢かれたのだと。 その後すぐに救急車が到着し、病院へ搬送された。 少し顎から出血しているのと、全身打撲、首が動かすと痛む、くらいのもので 大したことはなさそうだった。 病院に運ばれると、既に到着していた彼の両親が、心配そうな顔をしながら彼に喋りかけた。 「大した怪我もしてないのに、大袈裟だな」 と、彼は思っていた。 彼は4日程で退院したのだが、その際母親からこう告げられた 「やっぱり、○○の事いろいろ心配で放っておけないし、お母さん戻ってくるよ」 彼としては願ったり叶ったりだった。 これで元の生活に戻れると、そう、思った。 彼を取り巻く環境が変わったお陰で、彼自身も元に戻りつつあった。 以前はAさんを想う事も出来ないほど余裕が無かったのに、 やっとそんな心のゆとりもできるようになった。 そんなある日、生徒会役員の募集が始まった。 もちろん彼は参加することにした。狙うポストは学習委員長。 自分を磨くためでもあったし、前々から興味もあったからだ。 そして熱心な選挙活動や、友人による奇抜な推薦演説が功を成し、 候補者が彼を含め3人だったにもかかわらず、見事就任することになる。 狂った歯車は、止まったかに見えた。
それからはどうしようもなく下らない毎日が続いた。
1年生の学期末テストでは、今までとは考えられない成績が出た。 が、彼は落ち込むことすらなく、空虚な眼差しでテスト結果を見ていた。 2年生になろうが、そのままずるずると月日は経つ。 何も考えずにゲームに没頭するには、良い環境だった。 父親が帰ってくるまで誰にも文句は言われずにゲームが出来る。 学校に行く気すら起きない時は仮病を使い、サボっていた。 しかし、遂に学生にあるまじきその行為は遂に父親の目に曝される。 父親の凄まじい剣幕に、家を飛び出した。 気付けば、夜。何処とも解らぬ地を自転車で彷徨っていた。 そして彼は閑静な公園で泣き喚いた。己の気が済むまで。 幾ら考えをめぐらせた所で、結局は不幸な現実と未来だけ纏わりついてくる。 (別居なんてして欲しくなかった。幸せな家庭で居て欲しかった。 それなのに、多分、もう、一緒に笑いあえる事すら、出来ない。 それが他ならぬ自分のせいなんて・・・あんまりだ・・・) 彼は疲労と空腹と眠気に負けてしまったので、手探りで帰路についた。 家の前に漸く辿りいた時には、時計は深夜の4時を指していた。 散々怒られるであろうことを覚悟しつつ、ドアを開けた。 と、同時に「おかえり」という父親の厳つい声がした。 しかし、それに怒りは微塵も篭っておらず、どこか穏やかだった。 そこには、飯や寝床の準備までして、 明日は仕事なのに夜遅くまで待っていた父親の姿があった。 「母さんも、心配してたんだぞ・・・?」 彼は風呂場で泣いた。無意味で愚かな自分を洗い流しながら。 泣く事しか、出来なかった。
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